イタリアのスケッチ旅行も終わりに近づいたある日、私たちはローマの近郊にいた。
「そうだ、せっかくだから、休日を楽しむということにしようか」
そういえば、ミラノからイタリアに入って二週間近く、美しい風景を求めて走り続けてきた。スケッチ旅行などというと、毎日が観光のように思うかもしれないが、意外とそうではない。「あそこに行ってみたら、いや、歴史的にはこっちの方が・・・」なれない山道を巡りながら、体力の限りスケッチを重ねていく。まして、私にとっては、厳粛な修行の旅である。
「まずは、どこにいこうか?」
郊外のホテルに車と荷物を置き、まさに観光客気分でタクシーに乗り込んだ。
「バルベリーニ広場に行きましょう」
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話は遡るが、明治の中頃に、森鴎外が「即興詩人」という本を出した。これは、童話作家アンデルセンの原作を、森鴎外が翻訳して日本に紹介したもので、イタリア各地を舞台とした恋愛小説として一斉を風靡したという。当時、イタリアを訪れる人々は、この本を持って観光したといわれるほどである。
その主人公・アントニオは、即興詩人になることを夢見ていたが、やがて、歌姫との悲恋、親友との決闘、という数奇な運命に陥り、ローマを逃れ、ナポリ、ヴェネツィア、ポンペイと各地を遍歴、ついには恋人と再会する・・・という恋の物語だ。そのアントニオが生まれたのが、このバルベリーニであり、物語はここから始まる。
私がそんなことまで知っているのは、安野先生が「即興詩人」の愛読者で、自らの足でアントニオの足跡をたどり、「絵本・即興詩人」まで出版しているからだ(こちらは、穴のあくほど読んだ)。たまたま同郷ではあるが、森鴎外の翻訳をこえた表現の美しさに圧倒されたという。
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バルベリーニ広場は、いくつもの通りが交差する交通の要所で、中央に「トリトーネの噴水」がある。その周りには大勢の人が集まっていた。世界中の愛読書になったという「即興詩人」を片手に、どれだけの人が、ここを訪れたことだろう。
ところで、このバルベリーニには、もう一つの忘れられない場面がある。それは、親善旅行中のアン王女が、宿舎の宮殿をひそかに抜け出していくシーンだ。それが、このバルベリーニ宮殿の門なのである。そういわれて、この場面が瞼に浮かぶあなたは、かなりのロマンチストに違いない。 |
さて、オードリー・ヘップバーンとグレゴリー・ペックに誘われるようにして、「スペイン広場」へと向かった。ここは、アン王女がジェラートを食べたところとして有名だ。広場の中央には、「バルカッチャの噴水」があり、周囲には、高級ブティックやシャレたカフェが並んでいる。その前を朱塗りの馬車が優雅に進んでいく。広場から大きな階段を上りつめたところが、トリニタ・ディ・モンティ教会で、ここから眺める景色が、またなんとも美しい。アン王女のようにジェラートを食べながら歩きたいところだが、ここでの飲食は禁止だというから残念。
しかし、イタリアの日射しと美しい青空が、そう思わせるのか。やけにジェラートが気になる。それならば、と向かったのが「トレヴィの泉」である
みやげやのひしめく細い路地を通り抜けると、目の覚めるようなコバルトグリーンの泉に出た。ここは、初代皇帝が築いたという古代ローマの水道をもとに、教皇ニクラウス5世が蘇らせたといわれる噴水で、宮殿の壁と一体となったバロック時代の彫刻が美しい。アン王女が髪を切ったところとしても有名だが、なんといっても、ジェラートの店がうれしい。店先にはカラフルなジェラートがズラッと並んでいる。歩きながら食べるジェラートは最高だ!
ここも、大勢の観光客で賑わっていたが、なぜか日本人が多いのに驚く。それも、カップルが多いが、それには訳があるらしい。
この噴水に背を向けて立ち、肩越しにコインを一枚投げ入れると、再びローマに戻れるといい、二枚では恋が永遠になり、三枚では恋人やパートナーと別れることができる、という伝説がある。なにやら、ロマンチックだが、さて、あなたなら・・・。
もう一か所、どうしても行きたいところがあった。それは、1000年にわたり栄え続けた古代ローマ時代の中心地「フォロ・ロマーノ」だ。たった一日だけの恋もここから始まった。宮殿を抜け出し、ウロウロと歩き回ったアン王女は、ここのベンチで寝込んでしまう。それが、アメリカ人新聞記者ジョー・ブラドルとの出会いの場所になる。
市庁舎のあるカンピドーリオ広場の裏手にまわると、フォロ・ロマーノを一望できる場所に出た。すばらしい眺めだ。いくつもの神殿や凱旋門、大理石とレンガで造られた美しい建造物が続く。右手には、ローマの歴史が始まったというパラティーノの丘。その向こうには、6万人の市民を熱狂の渦に巻き込んだという古代闘技場「コロッセオ」を望む。いつまでいても、飽きそうにない。世界征服に挑み続けた偉大な皇帝たちのロマンと壮大なドラマが蘇ってきそうだ。
そんな場所から「永遠に続く、たった一日の恋」が始まったというから、なんともイタリアらしく、なんともローマらしい。
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紀元前から2000年をこえる歴史の都、ローマ。とっても魅力的なところだ。次の休日までには、森鴎外の「即興詩人」を読み、不朽の名作「ローマの休日」を体に染み込ませておきたい。すばらしい「心のときめき」に出会えるために。
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